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東京高等裁判所 昭和48年(う)1726号 判決 1973年10月16日

被告人 長谷川万枝こと黄竜渕

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人苅部省二が差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、これを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断をする。

一、控訴趣意第一点について

所論は、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるとして次のように主張する。

原判決は被告人の捜査官に対する自白調書を事実認定の証拠としているが、右自白調書は不法拘禁中に作成されたものであつて、証拠能力がないと解すべきである。すなわち、被告人は、本件公訴事実と同一の被疑事実につき大阪地方裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和四七年一〇月一三日逮捕され、引続き一〇日間勾留されたが、処分保留のまま釈放されていたところ、同じ被疑事実につき東京簡易裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和四八年二月一七日再逮捕され、同月一九日いわゆる逮捕中求令状の形式で本件の公訴提起をうけ、同日発せられた勾留状により勾留されるに至った。右の二度目の逮捕状を請求するにあたり司法警察員は、被告人が同じ被疑事実により既に逮捕、勾留され処分保留のまま釈放中であることを知りながら、そのことを逮捕状請求書に記載せず、前記のとおり逮捕状の発布をうけ再逮捕に及んだ。従って、右の再逮捕は明らかに違法というべきである。原判決が証拠としている被告人の各自白調書は、昭和四八年二月一八日および一九日に作成されたものであり、違法な逮捕により拘禁中に作成されたものとして証拠能力がないといわなければならない。これを証拠とした原判決は法令に違反したものであり、破棄されるべきである。と以上のように主張するのである。

そこで、記録を精査検討し、所論の当否について判断するに、被告人が覚せい剤取締法違反の被疑事実につき、所論のように二度にわたつて逮捕状により逮捕されたことは、記録上明らかである。そのうち最初の逮捕、すなわち昭和四七年一〇月一三日の逮捕(以下これを第一次逮捕という)の際の被疑事実は、その際の逮捕状が記録中に存在しないので明確ではないが、その逮捕に引続き発せられた勾留状には、被疑事実の要旨として、「被疑者は法定の除外事由がないのに、営利の目的で昭和四七年七月一日ごろの午後三時ごろ、大阪市港区築港一丁目九番二〇号朴斗先方応接間において朴斗先に対し代金後払いの約束で覚せい剤フエニルメチルアミノプロパン塩類を含有する粉末約三〇〇グラムを代金二四〇万円で譲り渡したものである。」との記載がなされており、逮捕状記載の被疑事実も右と同旨であつたものと推認される。次に、昭和四八年二月一七日の逮捕(以下これを第二次逮捕という)の際の被疑事実は、「被疑者は法定の除外事由がないのに昭和四七年六月末ごろの午前一一時ごろ大阪市港区築港一丁目九番二〇号朴斗先に対し覚せい剤である塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有した白色粉末五〇〇グラムを譲り渡したものである。」というのである。右の両者を対比すると、覚せい剤を朴斗先に譲り渡した点は共通であるが、その日時ならびに数量において若干の差異がみられる。この両者について同一性があるかどうかはともかくとして、同一の被疑事実によつて被疑者を再度にわたり逮捕することも、相当の理由がある場合には許されるものと解すべきところ、関係記録によれば、前記第一次逮捕は大阪府警察本部の捜査官によつてなされたものであり、被告人は、右逮捕に引続き一〇日間の勾留をうけ、その間取調をうけ被疑事実を認めていたのであつたが、覚せい剤の流れた先についての捜査が未了であつたことから、起訴、不起訴の処分が保留されたまま釈放になつたこと、そして第二次逮捕は東京の警視庁碑文谷警察署の捜査官によつてなされたものであり、同署は大阪府警とは別個に被告人をめぐる覚せい剤授受の件につき捜査を開始し、大阪府警の捜査とは重複しないように配慮しながら捜査を進め、覚せい剤授受の日時や数量などにつき第一次逮捕の際の被疑事実とは異なる事実の認められる疑いがあり、覚せい剤の流れた先が暴力団関係者であつて、被告人がこれらの者と親交があつて逃走、罪証隠滅などをはかる疑いもあつたので、逮捕を必要と考え、裁判官から逮捕状の発布を得て第二次逮捕をするに至つたこと、以上の諸事実が認められる。右の事実関係によつて検討すれば、被告人に対する二度の逮捕が同一の被疑事実によるものであるとしても、捜査主体の変更、新たな捜査主体と被告人の居住地との地理関係、第一次逮捕後の日時の経過、捜査の進展に伴なう被疑事実の部分的変更、逮捕の必要性等の諸点からして、再逮捕をするにつき相当の理由がある場合に該当すると認められ、本件再逮捕は違法ではないと解される。ただ、前記碑文谷署の司法警察員は、先に大阪において第一次逮捕がなされたことを了知していながら、裁判官に対して逮捕状を請求するにあたり、刑訴法一九九条三項、刑訴規則一四二条一項八号各所定の事項を逮捕状請求書に記載しなかつたことが、記録上明らかである。右の各条項によれば、第二次逮捕の被疑事実が第一次逮捕のそれと同一であると否とに拘らず、第一次逮捕の際の逮捕状発布の事実を第二次逮捕の逮捕状請求書に記載すべきであるから、その記載を怠つたことは右の法や規則の定めに違反したものであり、第二次逮捕はその手続に違法があつたといわなければならない。しかしながらら、右刑訴法や規則の定めは、理由のない逮捕のくり返しを防ぐものであると解されるところ、既に検討したとおり、被告人に対する再度の逮捕が理由のない不当なものであつたとは認められないのであるから、右手続の違法の点のみを理由として第二次逮捕を違法とし、その逮捕中に作成された供述調書の証拠能力を否定することはできない(最高裁判所昭和四二年一二月二〇日決定、刑事裁判集一六五号四八七頁参照)。原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点について

所論は、被告人が本件覚せい剤を譲り渡したものとした原審認定は事実誤認であり、被告人は単に覚せい剤売渡しの仲介、あつ旋をしたものにすぎず、覚せい剤譲渡の正犯ではなく従犯として処断されるべきであると主張する。しかしながら、原判決の掲げる各証拠によれば、原判示のとおり、被告人が本件覚せい剤の譲り渡しをした事実を明らかに認めることができる。もつとも、本件の覚せい剤三〇〇グラムは梁某なる男が被告人方に持込み、売却方を被告人に依頼したものであり、被告人はこれに応じ梁から謝礼を貰うつもりで、右覚せい剤を朴斗先に売渡したことが記録上の各証拠から認められるけれども、被告人は、右梁某なる男の居所も連絡先も知らないというのであつて、梁の具体的指示等によることなく、みずから朴と売買の交渉をし、代金をとり決めて覚せい剤を引渡し、その後代金支払を朴に催促していることが証拠上明らかであるから、単に梁某と朴との売買を仲介、あつ旋したというにとどまらないのであつて、被告人の所為は覚せい剤取締法一七条三項にいう「譲り渡し」をしたことに該当するといわなければならない。事実誤認をいう論旨は理由がない。

三、控訴趣意第三点について

所論は量刑不当の主張であるが、本件覚せい剤の数量、価額、その流通によつて生ずべき害悪、本件犯行の動機、被告人の前科等を総合考量すれば、原審の量刑は相当というべきであり、被告人の年令、生活状況その他原審記録ならびに当審における事実調の結果によつて認められる諸般の情状を斟酌しても、原審の言い渡した刑が重すぎて不当であるとは考えられないから、論旨は理由がない。

以上のとおり、各控訴趣意はいずれも理由がないから、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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